佐賀大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座
杉山 庸一郎 教授
「最近、食事でむせやすくなった」「声がかすれてきた」など、喉の不調を感じていませんか?それは加齢や病気によって、ものを飲み込む「嚥下(えんげ)」や声を出す「音声」といった、人が生きる上で欠かせない機能が低下しているサインかもしれません。
今回お話を伺ったのは、長年にわたり喉の機能と向き合ってこられた、佐賀大学医学部 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座の杉山 庸一郎教授です。先生は嚥下障害の治療に、リハビリテーションだけでなく「酸化ストレス」という新しい視点を取り入れた研究も進めていらっしゃいます。今回は先生に、嚥下障害や音声機能のメカニズムから最新の治療法まで、詳しくお話を伺いました。
―先生のこれまでのご経歴をお伺いできますでしょうか?
杉山先生:私は京都府立医科大学を卒業し、そのまま耳鼻咽喉科の道に進みました。卒業後は大学の関連病院で臨床経験を積みながら研鑽を重ね、大学院では嚥下に関する研究を始めました。これが私の専門分野の出発点です。
大学院を終えた後は、アメリカのピッツバーグ大学に研究員として1年半ほど留学しました。帰国後は再び京都府立医科大学の耳鼻咽喉科教室に戻り、2024年の2月まで在籍し、その後、ご縁があって現在の佐賀大学の方に教授として赴任いたしました。
私が耳鼻咽喉科医になろうと思ったきっかけは、実はそれほど深刻なものではなくて、純粋に自分自身が子供の頃からアレルギー性鼻炎でずっと耳鼻科に通っていたからなんです。ごくありふれた花粉症ですが、そのおかげで耳鼻科という場所に親しみがありました。
もちろん、初めから専門的な知識があったわけではありません。学生時代の授業や実習を通して、耳鼻咽喉科が耳、鼻、そして喉の疾患や頭頸部のがん治療まで、非常に分野が広いことを知りました。その奥深さに惹かれ、この道に進むことを決めました。
その中でも、現在の専門である「喉(のど)」、特に嚥下や音声といった機能の分野や、頭頸部がんの治療を専門にしようと決めたのは、大学院に入学した頃です。
京都府立医科大学 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学教室には、前教授の久 育男 教授や現在の平野 滋 教授といった、この領域の第一人者である先生方がいらっしゃいます。そうした先生方の影響も大きかったですし、何より「機能」に直結した領域であることに強い興味を惹かれました。喉の機能は、声を出す「音声」、ものを飲み込む「嚥下」、そして「呼吸」といった、人が生きていく上で欠かせない営みそのものです。
大学院時代は研究に重点を置いていましたが、その後は臨床と研究の両方を進めてきました。臨床での気づきが研究に活き、研究の成果が臨床にフィードバックされる。そうやって両輪で専門性を深めてきた、というのがこれまでの歩みです。
―ご研究の専門である嚥下障害と音声機能について教えてください。
杉山先生:私の専門である喉の機能、つまり「嚥下」や「音声」は、様々な要因で衰えていきます。
まず、どこの臓器でもそうですが、喉もやはり加齢によって機能が落ちてきます。発声にしても嚥下にしても、年齢だけが原因ではありませんが、加齢が機能低下の一つの要因であることは間違いありません。
年齢以外の要素としては、声であれば「使いすぎ」ですね。歌手の方や、学校の先生など、日常的に声を出す機会が多い職業の方は注意が必要です。ただ、長時間大きな声を出すこと自体が悪いわけではなく、「声の出し方」が重要になります。喉を締めて無理やり絞り出すような発声を続けていると、声帯に負担がかかり、炎症やポリープ、結節(けっせつ)といったトラブルにつながります。
また、嚥下機能が低下する大きな要因として、「他の疾患」が挙げられます。特にご高齢になると、脳梗塞や脳出血といった脳血管障害を患う方が増えますが、その後遺症として嚥下機能が落ちてしまうケースは少なくありません。
嚥下も音声も、脳が指令を出して制御しています。ですから、脳の機能が落ちると、嚥下機能も当然落ちてくるのです。つまり、嚥下障害は、嚥下器官だけの問題ではなく、脳の機能低下が深く関わっていることが多いのです。
この20年で、この分野の治療法も大きく変わりました。私が学生だった頃と比べると、例えば声帯ポリープの手術一つとっても少し変わっていますし、音声治療や嚥下リハビリテーションの方法、使うデバイス(機器)なども日々進化しています。
特に嚥下障害の治療は、原因によってアプローチが全く異なります。脳梗塞が原因の場合でも、嚥下を制御する脳の中枢に近い場所で梗塞が起きると、非常に重度の嚥下障害が残りますし、場所によっては比較的機能が保たれる方もいます。
現在、嚥下障害の治療で主流となっているのは、運動を繰り返すリハビリテーションです。患者さんの状態に合わせて、短期間で集中して行うこともあれば、年単位で長期的にアプローチすることもあります。
私たちがいま注目している治療法の一つに、「電気刺激療法」があります。これは昔からある治療法ですが、最近は新しいタイプの機器が登場し、より効率的に嚥下機能を改善させられるのではないかと期待して、臨床や研究に取り組んでいます。ただ、これはまだ全国的に一般的な治療法というわけではありません。
残念ながら、嚥下機能を直接改善させるような薬の開発は非常に難しく、まだこれからの課題です。
嚥下障害は病態が非常に複雑なので、一つの治療だけで全てを解決することはできません。リハビリ、電気刺激療法、手術といった様々な治療法を、患者さん一人ひとりに合わせて組み合わせて治療するのが基本となります。
―酸化ストレスは先生のご専門分野とどのように関係するのでしょうか?
杉山先生:私が「酸化ストレス」や「抗酸化」というアプローチに興味を持つようになったきっかけは、最初は「音声」の分野でした。声を酷使することで起こる声帯の疲労や炎症といったダメージには、酸化ストレスが関わっていることが以前から研究で示唆されていました。それならば、抗酸化というアプローチが効果的なのではないか、と考えたのが始まりです。
その考えを、もう一つの専門である「嚥下(えんげ)」にも応用できるのではないかと考えました。嚥下と音声は、どちらも喉を使う運動ですから、共通する部分があるはずです。
嚥下障害と酸化ストレスの関連性については、二つの側面から考えています。
一つは、嚥下障害を引き起こす原因となる疾患そのもの、例えば脳梗塞などに酸化ストレスが関わっているのではないかという点です。もう一つは、嚥下障害になってしまった後、肺炎を繰り返したり、嚥下に関わる筋肉が衰えたりすることで、体に負担がかかり、二次的に酸化ストレスが生じるのではないかという点です。このあたりは、まさにこれから解明していきたい研究領域です。
この研究を本格的に進めるきっかけとなったのが、前職の京都府立医科大学時代に、犬房先生と出会ったことです。犬房先生とのディスカッションを通して、酸化ストレスや抗酸化力、そして抗酸化サプリメントの効果について深く学ぶことができました。
私たちの研究テーマに、その考え方をどう落とし込むか。カンファレンスを重ねるたびに新しいアイデアが生まれ、研究がどんどん発展していく過程は、非常に刺激的で面白いものでした。
犬房先生が開発された抗酸化配合剤「Twendee X」の成分を初めて見たときは、その配合割合が非常に精密に考え抜かれていることに驚きました。多くの物質が、厳密な割合で配合され、それによって非常に高い抗酸化効果を生み出している。これは他のサプリメントとは全く違う、特筆すべき点だと感じました。
現在、私たちは嚥下障害だけでなく、他の耳鼻咽喉科領域の疾患にも抗酸化アプローチが応用できるのではないかと考えています。例えば、アレルギー性鼻炎や、治療が難しい好酸球性副鼻腔炎といった鼻の疾患にも、酸化ストレスが何らかの形で関わっている可能性があります。そうした観点からも、研究を進めていこうと考えているところです。
先ほども述べたように、嚥下障害の治療は、一つの方法だけで完結するものではありません。様々な治療を組み合わせることが基本です。その治療の選択肢の一つとして、酸化ストレスにアプローチするという方法は、非常に有効な手段になるのではないか。そう考えて、現在、研究と臨床の両面から検討を進めています。
―最後に研究者として大切にされていることを教えてください。
杉山先生:私が研究を進める上で、教室の若い研究者たちにも伝えていることがあります。それは、「先入観を持たない」ということです。
研究ですから、どういう結果が出るかは誰にも分かりません。「こういう結果を出したいから、こういう実験をする」というような、結論ありきの進め方はあまり好きではありません。もちろん、研究は仮説を立てて進めるものですが、その仮説を追い求めすぎると、歪んでしまうことがあります。
私がこだわるのは、結果そのものではなく、「方法論」です。「この方法で実験すれば、出てきた結果はきっと正しいだろう」と確信できるレベルまで、実験の計画や手順を非常に精密に組み立てることを心がけています。
そうして得られた結果は、たとえ自分の仮説と違っていても、それが真実です。出た結果をニュートラルに受け入れ、そこから「なぜそうなったのか」を考え直す。予想と違っていたら、それを元に少し軌道修正して、またトライする。その繰り返しです。
もちろん、全く反対方向の結果が出ることは稀ですが、「思っていたのと少し違うな」ということはよくあります。でも、出た結果の方が正しいのですから、自分の考えを修正するべきです。予想通りの結果が出ることも良いですが、それでは実験をする意味があまりないとも言えます。むしろ、予想外の結果が出た時に、「実際はこうだったのか」と新しく分かることこそ、研究の面白みであり、醍醐味だと感じています。
研究というのは、これまで先人たちが積み重ねてきた研究をベースに、「ここに、こういう事実があるのではないか」「こういう効果があるのではないか」という新しいピースを一つずつ足していく作業です。一つの研究で二歩も三歩も進むわけではなく、一つの論文で一つの新しいことが分かる。そして、それを土台にして、次の研究でまた一つ新しいことを見つけていく。地道な作業を積み重ねながら、これからも研究に取り組んでいく予定です。
今回は、嚥下障害や音声機能のメカニズムから、酸化ストレスという新しい視点を取り入れた研究まで、幅広くお話を伺いました。「先入観を持たず、出た結果を真摯に受け止める」という言葉からは、真理を探究する研究者としての誠実な姿勢が伝わってきます。
リハビリや手術といった既存の治療法に「抗酸化」というアプローチが加わることで、嚥下障害に悩む多くの患者さんの未来に、新たな希望の光が灯されることでしょう。先生の今後の研究の発展に期待が高まります。
佐賀大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座
〒849-8501 佐賀県佐賀市鍋島5-1-1
http://www.ent.med.saga-u.ac.jp/
医療関係者様向けに、Twendee Xの無償サンプル提供を行っております。
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