【研究者インタビュー】声の寿命を延ばすために-声帯再生医療と抗酸化研究について

京都府立医科大学 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学
平野滋 教授

平野滋 教授

声は人の個性を象徴し、人生を豊かにする大切な道具です。しかし、その繊細な器官は日々の使い方や加齢、病気などで簡単に失われてしまうことがあります。

今回お話を伺ったのは、耳鼻咽喉科医として声の治療と再生医療に挑み続ける、京都府立医科大学 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学 の平野滋先生です。ロックバンドのボーカルとして声に興味を持ち、やがて声のメカニズムを探究する医師となり、50歳を過ぎてからは自らオペラを始めるなど、まさに“声とともに生きる人生”を歩まれてきました。

声帯再生医療の世界的なパイオニアとして知られる一方、臨床現場に根差した研究姿勢を貫き、さらには抗酸化のアプローチで声を守る新たな可能性も追求しています。

平野先生が、どのようにしてこの道に進み、世界にない治療法を生み出し、さらにその先を目指すのか。声に魅せられた医師の歩みと挑戦をご紹介します。

 

ロックからオペラへ──声の探究が導いた耳鼻咽喉科医の道

―平野先生が医学の道に進まれたのはどのような背景があるのでしょうか?

平野先生:私が医師という道を意識し始めたのは、高校生の頃でしょうか。やはり我々は「ブラックジャック」の世代ですから、外科医として自分の手で患者さんを治したい、という強い憧れがありました。父が外科医だったことも、少なからず影響しているかもしれませんね。とにかく、病に苦しむ人を自分の技術で助けたい、という思いが原点です。

数ある分野の中で耳鼻咽喉科、特に「声」の分野に進んだのは、実は高校時代にロックバンドでボーカルをしていた経験が大きいんです。もともと声には非常に興味がありました。

ロックの歌い方というのは、基本的に喉をぎゅっと締めて無理に大きな声を出すので、どうしても声帯を痛めてしまいます。多くのロック歌手が年齢を重ねると声がガラガラになってしまうのは、声帯が傷んでしまっているからなんです。

一方で、オペラに代表されるクラシックの声楽は、声帯をあまり締めず、腹式呼吸による息の圧力と体全体の「響き」を使って歌います。これは最も声帯に負担がかからない発声法で、だからこそオペラ歌手は年を重ねても素晴らしい声を維持できるわけです。

この違いに興味を持ったこと、そして、耳鼻咽喉科の領域では、私のもう一つの専門である頭頸部(とうけいぶ)がんの治療も深く関われることが、この道を選ぶ決め手になりました。実は私自身、50歳を過ぎてからオペラを始めました。ここ10年ほどのことです。これには二つ理由があります。

一つは、自分自身の「声のアンチエイジング」のため。ロックを歌ってきた自分の声帯を、少しでも長く良い状態で保ちたいという思いがありました。

そしてもう一つは、患者さんをより深く理解するためです。私の外来にはプロのオペラ歌手の方も大勢いらっしゃいます。彼らの発声の仕組みや悩みを、机上の知識だけでなく、自ら体験することでしかわからないことがあるだろう、と。実際に自分で飛び込んでみて、そのメカニズムや大変さがよくわかりました。

結局のところ、声というのは生まれ持った声帯の筋肉や粘膜の強さ、つまり「耐久性」も関係しますが、それ以上に日々の「使い方」が寿命を決めます。大事に、理にかなった使い方をすれば長く保てるし、無理な使い方をすれば劣化は早まる。声帯はまさに「耐用年数」があるようなもの。そのケアの方法を探究することが、私の研究の大きな柱になっています。

―平野先生の研究についても詳しく教えてください。

平野先生:声帯の研究を本格的に始めたのは、耳鼻科の専門医資格を取って大学院に入ってからです。ただ、日本にいるとどうしても臨床の仕事と研究を両立させなければならず、なかなか研究だけに集中できる時間がありません。

そこで私は、アメリカへ留学する道を選びました。向こうでは2年間、臨床から完全に離れて、朝から晩まで研究だけに没頭できる環境がありました。あの経験がなければ、今の私はなかったでしょう。今振り返っても、本当に大きな転機だったと思います。

私がこの研究を始めた2000年初頭、傷んでしまった声帯を根本的に治す、いわゆる「再生」させるという治療法は世界中どこにも存在しませんでした。声がかすれてしまったり、出なくなってしまったりして困っている患者さんは大勢いるのに、打つ手がない。医師として、これを何とかしたいという強いモチベーションがありました。

当時の治療法といえば、例えばヒアルロン酸などを声帯に「注入」して物理的に膨らませる、という対症療法が主流でした。しかし、そうやって入れたものはすぐに体内に吸収されてしまい、効果が長続きしません。

そこで私は発想を転換したんです。「外から物を入れる」のではなく、「体の中から組織そのものを再生させることはできないか」と。それが、私の声帯再生医療研究の出発点でした。

その鍵となったのが、成長因子(グロースファクター)です。具体的には、「線維芽細胞増殖因子(FGF)」という、もともと皮膚の再生薬として使われていた薬剤に着目しました。この薬剤には、細胞を刺激してヒアルロン酸の産生を増やし、一方で硬くなったコラーゲンを溶かす酵素を出す、という作用があります。これはまさに、古くなった声帯を若返らせるために「願ったり叶ったり」の作用でした。

「これなら絶対にいけるはずだ」と確信し、研究をスタートしてから約15年。基礎研究、動物実験と長い年月をかけて、2014年頃にようやく実際の患者さんに応用できる段階までたどり着きました。

この治療法は、特に加齢によって声帯が痩せて声がかすれてしまった方々には非常に効果的で、8割から9割の方で顕著な改善が見られます。これまで国内外で200人以上の方を治療してきましたが、プロの歌手がまた歌えるようになったり、会話が困難だった方が声を取り戻したりする姿を見ると、本当にこの研究を続けてきて良かったと感じます。

しかし、まだ課題はあります。長年の酷使や、喉頭がんの放射線治療後などで声帯がひどく硬くなってしまった「瘢痕(はんこん)化」という状態です。こうなると、今の成長因子治療だけでは完治が難しく、これをどう治すかが私の次の大きなテーマです。

そしてもう一つの大きな壁が、保険適用です。この治療はまだ保険が効かない自費診療のため、どうしても受けられる方が限られてしまいます。海外ではこの成長因子自体が承認されていないため、私の治療法は世界的に見てもユニークなのですが、それゆえにアメリカをはじめ海外からも患者さんがわざわざ日本に来て治療を受けているのが現状です。一人でも多くの人にこの治療を届けられるよう、現在、保険適用を目指した新しい薬剤の治験を進めているところです。

 

声を守る第三の柱、「抗酸化」というアプローチ

―抗酸化は先生の研究分野とどのように関わりがあるのでしょうか?

平野先生:声帯再生医療の研究と並行して、私が注目するようになったのが「抗酸化」というテーマです。きっかけは、抗加齢医学会でその重要性を知ったことでした。

声帯というのは、会話するだけでも1秒間に何百回も振動し、こすれ合っています。これだけの機械的刺激があれば、当然、組織には炎症が起き、それに伴って老化の原因となる活性酸素が発生するだろう、とすぐに思い至りました。

最初は、抗酸化作用で知られるアスタキサンチンの研究から始めました。動物実験では、アスタキサンチンを摂取させたラットは声帯の活性酸素の蓄積が抑えられたり、傷の治りが早かったりという良好な結果が得られました。

そして2016年、現在の京都府立医科大学に移った頃に、犬房春彦先生が開発されたサプリメント「Twendee X」に出会いました。複数の抗酸化成分を組み合わせることで、単一の成分よりもはるかに強力な抗酸化力を発揮するという点に非常に惹かれ、それ以来、私の抗酸化研究はこちらを軸に進めることになったのです。

声帯のケアにおいて、私が患者さんに指導している基本は「①保湿」と「②胃酸逆流の防止」です。そして、それに加わる第三の柱が「③抗酸化」だと考えています。

特に、歌手や教師など日常的に声を酷使する方々には、活性酸素によるダメージを軽減するために、抗酸化サプリメントの日常的な摂取を勧めています。実際に、ステージで歌いすぎて声がガラガラになった時に追加で飲んでもらうと、「調子が良い」という声が多く聞かれます。

さらに、私たちは臨床研究でもその効果を検証しています。声帯ポリープの手術を受ける患者さんに、手術の前後の期間、Twendee Xを飲んでもらうという研究です。その結果、飲んだグループの方が、飲まなかったグループに比べて統計的にも有意に回復が早く、最終的な声の状態も良いというデータが得られました。この成果は、近々論文として発表する予定です。

耳鼻咽喉科の領域は、耳・鼻・喉、いずれも常に外からの刺激に晒され、炎症や酸化ストレスが起きやすい場所です。声はもちろん、難聴や嗅覚・味覚障害、嚥下機能の維持など、抗酸化アプローチが貢献できる可能性は非常に大きいと考えています。治療だけでなく、予防やコンディション維持という観点からも、この研究をさらに深めていきたいですね。

―平野先生が、研究を進める上で大切にされていることはなんでしょうか?

平野先生:私が最も大切にしているのは、「常に臨床の現場に根差し、患者さんに還元すること」です。私たちは基礎科学の研究室ではなく、臨床系の教室ですから、研究のための研究であってはならないと考えています。

いわゆる基礎研究というのは、何が見つかるかわからない「宝探し」のような側面があります。何十年も探して何も見つからないかもしれないし、見つかればノーベル賞級の大発見になるかもしれない。しかし、私たちの研究スタイルはそれとは全く異なります。

まず、臨床現場で患者さんを診ていて抱いた「なぜこの病気は治らないのだろう?」「どうすればもっと良くなるのだろう?」という疑問から出発します。そこから病気のメカニズムを解明し、「それならば、こういうアプローチで治せるはずだ」という仮説を立てる。そして、その仮説を証明するために実験を計画する。

このように、ある程度ゴールが見えている状態で研究を始めるので、闇雲に進めることはありません。もちろん、全てが予測通りにいくわけではありませんが、概ね5年程度のスパンで何らかの成果を出し、最終的に患者さんの治療に繋げる。これが、私が理想とする研究の考え方です。

こうした研究に対する姿勢は、父から学んだ部分もありますが、決定的に叩き込まれたのはやはりアメリカ留学での経験でした。向こうの指導者は、手取り足取り教えてくれるわけではありません。ディスカッションを重ねる中でヒントを与えてくれますが、そこから先は自分で考え、理論を構築し、道を切り拓いていかなければならない。あの環境で、研究者としての思考法を「見て盗んだ」ことが、私の大きな財産になっています。

ですから、私の教室の若い研究者たちにも、まずは「臨床現場で常に疑問を持つこと」の重要性を伝えています。そして、彼らのキャリア相談に乗る際には、「適材適所」を常に意識しています。研究を続けたいのか、あるいは臨床のスペシャリストを目指すのか。一人ひとりの才能や情熱をよく見極め、その能力が最も輝く場所と方法を一緒に考えていく。それが指導者としての私の役割だと思っています。

 

おわりに

今回は、ロックバンドのボーカル経験から耳鼻咽喉科の道へ進まれたきっかけ、声帯再生医療の世界初の挑戦、そして抗酸化という新しい視点まで、幅広くお話を伺いました。

リハビリや手術といった従来の治療法に、再生医療や抗酸化のアプローチが加わることで、声や嚥下機能に悩む多くの患者さんの未来に、新たな希望の光になるのではないでしょうか。

声を守る医療の可能性は、まだまだ広がっていきます。平野先生の今後の探究と、その先に生まれる新たな治療法に、大きな期待が寄せられます。

京都府立医科大学 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学教室

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